自分の「足りている」を定義する
取得にゴールラインを持たせるために、何が「足りている」かをあらかじめ決めておく。
Why it works
「足りている」が定義されていないと、消費は快楽順応に駆動される——それぞれの取得が基準点をリセットするので、満足は常に次の1回の買い物の先にある。あらかじめ具体的な十分さのポイントを名指しすることは、欲求に停止のルールを与え、終わりのない追跡を、到達可能で正当化できる目標に変える。
How to do it
- 自分を引きつけるカテゴリー(服、ガジェット、本)について、本当に十分な具体的な数量やセットを書く。
- それを超えて誘惑されたとき、その「もっと」が本当は何のためのものかを名指しする——たいていは物ではなく感情のためだ。
- デフォルトで上に流されるままにするのではなく、意図的に「足りている」を見直す。
エビデンス
快楽順応の研究に基づいている——新しい所有物からの満足は薄れ、基準点はリセットされるので、「もっと」がめったに持続的な利得をもたらさない。あらかじめ設定した十分さのポイントは、そのトレッドミルに対抗する。 (observational)
快楽順応はよく裏づけられている。書かれた「足りている」が確実にそれを抑えるというのはもっともらしいが、具体的に試験されているわけではない。
出典
- Brickman & Campbell, hedonic adaptation / "hedonic treadmill" (satisfaction returns to baseline after gains)
よくある間違い
「足りている」を固定された書かれた目標ではなく、揺れ動く感覚として設定してしまうこと——これでは収入や欲求が増えるたびに、ゴールポストが滑って動いてしまう。