探求への補完として明け渡しを用いる

探求が努力を要すると感じるとき、ラマナは明け渡し——「私」の目論見を完全に手放すこと——を同様に有効な道として提示した。

Why it works

ラマナは二つのアプローチを説いた:探求志向の人のための自己探求(ヴィチャーラ)と、献身志向の人のための明け渡し(プラパッティ)である。心理的には、明け渡しとは、縮こまった自己感覚を構成する掴む力の解放——結果を制御しようとする「私」の必要性を手放すことである。探求が努力を要し、緊張したものになったとき、明け渡しは自己への志向を放棄することなく、その奮闘を中断させる。

How to do it

  1. 探求が流れに逆らって戦うように感じるとき、明け渡しへと移る:「これを源に委ねる」。
  2. 明け渡しは諦めや受動的な無関心ではない。エゴの掴みを能動的に解放することである。
  3. 探求の努力する性質そのものが主な障害であるときに、これを特に使う。
  4. 交互に用いる:目覚めていて意欲があるときは探求を、緊張したり苦闘しているときは明け渡しを。

エビデンス

受容に関する心理学研究(ACT、MBSR)は明け渡しの逆説を支持している:困難な状態への抵抗はその強度を増し、受容と解放はそれを減じる。ラマナが説いた明け渡しは、受容の霊的な類似物である。 (mechanistic)

ラマナの文脈における明け渡しは、臨床的な受容とは異なる特定のアドヴァイタ神学的な意味(自己あるいはサグナ・ブラフマンへの明け渡し)を持つ。機序における重なりは実在するが、文脈は大きく異なる。

よくある間違い

明け渡しを探求の困難を避ける言い訳として使うこと——真の明け渡しは能動的な解放であり、霊的な言葉をまとった回避ではない。

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