実践中に生じる近い敵と遠い敵を調べる
メッタの近い敵は感傷的な執着であり、遠い敵は悪意だ。どちらも本物の善意を妨げる。
Why it works
仏教心理学は、それぞれの梵住に対して二種類の障害を特定する――近い敵(その質を模倣するが実際にはそうではない感情)と遠い敵(その直接的な対極)だ。メッタにとって、近い敵は感傷的な執着(愛する人に幸せでいてほしいと願うのが自分自身の快適さのためである)であり、遠い敵は積極的な悪意だ。どちらの障害が存在するかを特定することは、異なる対応を必要とする全く異なる二つの問題を区別する。
How to do it
- メッタの実践中に温かさが生じたとき、確認する。これは本物の善意(無条件に彼らの幸福を願うこと)か、それとも感傷的な執着(彼らからあなたが得ているものゆえに彼らの幸福を願うこと)か?
- フレーズが平坦あるいは無理に感じられるとき、確認する。これは遠い敵(積極的な悪意や軽蔑)か、それとも単なる中立的な地点(まだ強い感情がない)か?
- 障害を明確に名付け、それから続ける――抑圧するのでも、それに浸るのでもなく。
エビデンス
近い敵/遠い敵の枠組みは瞑想心理学であり、直接的な実験的基盤はない。その価値は診断ツールとしてのものであり、理想化された実践を投影するのではなく、実践者が自分の実際の経験を舵取りするのを助ける。 (anecdotal)
これは『清浄道論』とそれに続く注釈からの伝統的な教えであり、実証的に研究された心理学的カテゴリーではない。有用な現象学的マップとして機能する。
よくある間違い
すべての執着を近い敵とラベル付けし、メッタから温かさを排除しようとすること――これは冷たく、切り離された状態を生み出し、それはメッタでも、実践の実際の目標である平静(ウペッカー)でもない。
IX Coach でこれを実践する
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- 本当に響くフレーズを選ぶ
伝統的なフレーズは出発点だ――正しいフレーズとは頭ではなく体に届くものだ。
- 外に広げる前に自分自身へのメッタから始める
自分自身へのメッタは土台だ――自己中心ではなく、善意は実際に存在するものからしか流れないという認識だ。
- 伝統的な五段階を通じてメッタを拡大する
自分から恩人、友人、中立の人、苦手な人へと善意を体系的に広げる。
- 日常生活でその場のメッタを使う
出会うどんな人に対しても向けられる善意の一呼吸は、有効なメッタの実践だ。
- 無理をせずに苦手な人の段階に取り組む
苦手な人へメッタを広げることは、その人の行動を承認することではなく、その人の幸福への無条件の善意としてだ。
- メッタを平静と統合し、共感疲労を避ける
平静なしに広げられたメッタは苦痛になりうる――安定した非執着に善意を根付かせることで、それは持続可能になる。