選好される無記のものを、完全な努力とともに、執着なく追求する

健康、成功、良い結果のために努力する——だがそれらが選好されるものであり、必須ではないと知る。

Why it works

エピクテトスは外的な善が重要でないと言ったわけではない。彼は、それらが根本的な意味では善でも悪でもない——「選好される無記のもの」だと言った。それらを求めることは構わない。それらを幸福の必要条件として扱うことが誤りである。これは、特定の結果を必要としないことから来る心理的なレジリエンスを保ちながら、完全な関与と本物の努力を可能にする。そのメカニズムは目標の枠組み設定である:選好される結果はパフォーマンス不安を生む賭けを作ることなく方向性を与える。

How to do it

  1. 現在あなたが求めているものをリストアップする。
  2. それぞれを分類する:これは自分が望んで追求するものか、それとも自分が大丈夫であるために必要だと信じているものか?
  3. 第二のカテゴリーのものについて問う:これが起こらなかったら、実際に何を失うのか?
  4. 「必要」から「望む」へと物事を動かすよう取り組む——完全な努力でそれらを追求し、開いた手でそれらを保持する。

エビデンス

結果を望むことと必要とすることの区別は、自己決定理論の知見と一致している。それは、内発的動機(興味、価値観)が外的な圧力よりも努力をよりよく持続させ、硬直した結果への執着がプレッシャー下での不安を高めパフォーマンスを下げるというものだ。 (observational)

自己決定理論はよく支持されている。ストア派の「選好される無記のもの」という枠組みは、それと同一ではないがそれに沿った哲学的な次元を加える。すべての外的な善が実践において等しく「無記」であるわけではない——この枠組みはより複雑な状況を単純化している。

出典

  • Deci & Ryan (2000), the "what" and "why" of goal pursuits, Psychological Inquiry

よくある間違い

「選好される無記のもの」を、半端な努力の許可として使うこと(「どうせ関係ない」)。ストア派の立場は開いた手での完全な努力であり、諦めた無関心ではない。

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