「べき」の発言と道徳的完璧主義

「もう今頃はもっとうまくやれているべきだ」――あらゆる不足を道徳的失敗にしてしまう内的なルール。

Why it works

「べき」の発言は、好みや願望を道徳的義務に変換し、その義務からの逸脱を失敗や無価値さの自己証拠として扱う。認知メカニズムはルールに基づく評価である:状況を経験的に評価する(「何が起きて、何が有用な対応か?」)代わりに、「べき」はそれを道徳的に評価する(「これは自分の価値について何を語っているか?」)。アルバート・エリスはこれを「マストベーション」――マスト(〜すべき)の専制――と呼んだ。感情的な結果は、その「べき」が自分に向けられているか他者に向けられているかによって、罪悪感、恥、あるいは恨みとなる。

How to do it

  1. 「べき/〜しなければならない/〜すべきだ」という発言に気づく:「もっと進んでいるべきだ」「常に生産的でなければならない」
  2. 問う:「誰によればそうなのか?」そして「もしこれをしなかったら実際に何が起こるだろうか?」
  3. 好みに置き換える:「もっと進んでいたい」は罰なしに動機を運ぶ。
  4. 問う:「これは本当に道徳的なルールなのか、それとも自分が要求にまで硬直させてしまった好みなのか?」
  5. その基準を検討する:それは現実的で、文脈に応じたもので、自分への思いやりをもって適用されているか、それとも絶対的なものか?

エビデンス

「べき」の発言は、ベックのCBTが部分的にそこから発展したアルバート・エリスの論理療法(REBT)モデルの一部である。硬直した自己ルールと情緒的苦痛との関連は臨床的に十分に確立されている。REBTとCBTはどちらも、うつと不安に対して強いエビデンス基盤を持つ。 (clinical)

すべての「べき」の発言が歪みというわけではない――一部の道徳的ルールは適切である(私は約束を守るべきだ)。歪みは絶対主義と、逸脱に続く自己糾弾にある。

よくある間違い

「〜すべきだ」を「こんな風に感じるべきじゃない」に置き換えること――それ自体がまた「べき」の発言であり、恥についての恥という層を追加してしまう。

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